トップページ / Start Seite / Start Site

レオ・スミット:六重奏曲(1933)

 

作品名:六重奏曲 Sextour pour Flute,Hautbois,Clarinette,Basson,Cor,Piano

作曲者:レオ・スミットLeo Smit (1900~1943)

編成:フルート、オーボエ、クラリネット、バスーン(ファゴット)、ホルン、ピアノ

構成:第一楽章・Allegro Vivace、4分の4拍子、第二楽章・Lent、4分の4拍子、第三楽章・Vivace、4分の4拍子



政治や社会情勢が芸術家の活動に影響を与えることは、芸術家もその時代に生きる一人の人間である以上

自然なことでしょう。その為に素晴らしい業績を残す人達もいれば、不当な扱いを受けて抹殺されてしまう

人達もいます。第二次世界大戦はそうしたことが大きな組織の元で行われました。スミットも優れた作品を

残しながらも自分の意志に関わらずこの世から抹殺された芸術家の一人です。

 

スミットはポルトガル系ユダヤ人の家族として、1900年オランダのアムステルダムに生まれました。両親は

プロの音楽家ではありませんでしたが、父は歌を、母はピアノを好んでいたようです。ピアノと作曲でディプロマを

取り、1924年からアムステルダムのコンセルヴァトワールで和声と楽曲分析を教えますが、その頃から徐々に

作曲活動を始めました。

 

彼の音楽には「時代の音」が色濃く反映されています。資本主義の台頭後、市民の生活同様に音楽のあり方も

急激に変化しました。またこれまでにない世界を巻き込む戦争が起こり、人間が生み出した新しい技術が、

彼らの死を生み出す皮肉な結果を招きます。音楽家は情緒から解放された、より自由な音楽を目指すよう

になります。それを古典派やバロックの音楽形式や語法を用いて試みたのが、1920年代のストラヴィンスキー

(1882~1971)であり、フランス「六人組」でした。

 

スミットは1927年からフランスに滞在し、そこでラヴェル(1875~1937)やルーセル(1869~1937)らの

音楽から刺激を受け、「六人組」のメンバーと親しく交流しました。彼の音楽には当時の新古典主義音楽の

作り手から受けた刺激が随所に聞き取れます。

 

「六重奏曲」にもそれが顕著でしょう。この作品は1933年に作曲されました。1932年には「六人組」

メンバーである、プーランク(1899~1963)が同じ編成の3楽章で構成される六重奏を作曲しており、

スミットはそれに刺激されて、この作品を書いたと言われています。色彩感溢れる華麗な

アンサンブルは、プーランクの作品に通じるものがあるように思います。フランスに渡る以前に、大きな

編成の吹奏楽器によるアンサンブルが演奏する劇の付随音楽をかいた経験が、この作品にもよく

生かされており、管楽器の息遣いを効果的に使って、流麗なフレーズを作り出しています。

 

この作品以後精力的に創作活動を続け、また一流の音楽家により彼の作品が演奏されるようになりますが、

フルートソナタを完成させた約2ヶ月半後の1943年4月30日にナチス軍によりポーランドのゾビボル強制

収容所で命を絶たれました。

 

解説:曽川加恵

 

この解説の著作権はアンサンブル・ハンブルク=大阪に属します。転載を希望される方は下記メールアドレスへご連絡下さい。

 

2005年日本演奏旅行スケジュールとプログラムへ戻る。

 


お 問い合わせ/ アンサンブル・ハンブルク=大阪へのEメール